妹は可愛かったと記憶している。

久しく会っていない親戚の子がこの春で受験生になる、つまり中3になると聞いてビックリした。それはつまりボーボーだということだからだ。迂闊だった。ボクは90年代生まれの局部には毛が生えないと思っていた。「失われた10年」てそういうことなんだと。いや、すでに90年代生まれのAV女優が誕生していることは知っていたけれどそんな業界のプロフィールなど信用ならないしいくらでも脳内でケチを付けて拒めるのでまぁそれほどの衝撃は受けない。しかし、親戚の子はそうは行かない。知ってるから、生まれたときのことリアルタイムで。誤魔化しが効かんのだな。在ってはいけないとされるもの(オーパーツ)の存在を知ってしまい困惑している。というのも今度会ったときボクは彼女とどう接すれば良いのか分からんのだ。オーパーツは扱い方次第で世界を滅ぼしてしまう。しょっちゅう会っていた頃はよく彼女の家に遊びに行ってお馬さんごっこをしてあげたものだが、今度会ったときにいきなりまたそれでご機嫌を伺うわけには行かない。いくら親戚とはいえ既にボーボーの彼女に対して四つん這いになったときその意味合いが大きく変わってくる。ボクは時を経て「ド」の付くMへと開発されており四つん這いがあまりに堂に入ってしまっている。まぁ、冷静に考えて9年ぶりの再会で四つん這いになるバカがどこにいるって話だが。そういうことも分からなくなるぐらいビックリしたということだ。そりゃ、誰だってビックリするだろう。谷亮子にしか見えない母親に瓜二つになっていると聞けば。てかそれだったら瓜三つじゃん。