バカ兄弟。

ボクが中学3年になった春のちょうどこの日だった。伯父はアルコール依存症で肝臓を壊し、入院をした。「オッチャン、別人やなぁ」手術後、親戚一同でお見舞いに行ったときみんなそう言った。普通はこんなこと病人に面と向かって言えることではない。しかし、伯父は痩せ細ったわけでも顔色が悪くなった訳でも無かった。そして髪が無かった。
「迷惑掛けた、スマンかった」伯父はそうみんなに言った。「これからは羽目を外さないようにな」叔父がそう言った。親父も何か言わなくてはいけないと思ったのだろう、「まぁ、外すのはヅラだけでえぇもんな」ここら辺の空気の読めなさ、さすがボクの親父である。
ともかく伯父はまもなく退院した。しかし、恥ずかしいのか常に帽子を被っていた。退院してすぐにボクの実家に遊びに来たときだって部屋に入っても帽子を取らなかった。
兄ちゃん、帽子取らんの?親父は執拗に伯父を攻めていた。伯父はうるさい、この帽子気にいってんねん、などと苦しい言い訳を返すばかり。まぁ、ヅラより安上がりでえぇわな?伯父は何も言い返せなかったが、得意気な親父の顔を見て絞り出すような声で言った。
「ホラ、この部屋寒いやろ?」
これには流石に親父も言葉を失った。伯父がこの季節にはまだ少し早い半袖のシャツを着ていたことが不憫でならなかった。親父はさっきまでと全く違う落ち着いた口調で伯父に言った。
「兄ちゃん、嘘を付くなよ。嘘を付いて伸びるのは鼻だ。髪は伸びんぞ」